2. NICU
夫は赤ちゃんの搬送先を聞き、S病院に駆けつけて入院の手続きや説明を受けて戻ってきた。これからいろいろ検査するのでまだ詳しいことは分からないが、元気そうだったよ、と聞いてちょっとホッとした。
そして、問題が・・・!入院するにあたって、すぐに名前を役所に届けてほしいというのだ。しまった・・・・。入院する直前に先生の予想が女の子から男の子に変わってしまって、入院してから「何がいいか?」なんて考えてるうちに破水して陣痛が続いていて・・・・名前どころじゃなかったのだ。(おっとりしている私の性格もあるが)でも、いくつか候補はあったので、パパともめながら(喧嘩しながら)、やっと決めた。「あつや」に決定!男の子だったら・・・と一番初めに思い浮かんだ名前なのだ。
そのあとも夫はあつやに会いにS病院のNICUに行ってくれた。看護婦さんが撮ってくれたというポラロイド写真をもらった。その夜、家に電話をすると、あつやの状態が良くないと・・・。肺がうまく動かないらしい。夫と電話で泣き、部屋に戻って大泣きして取り乱してしまう。看護婦さんがしばらくそばにいてくれて、夜は安定剤をもらった。。ショックが大きすぎてこれ以後はよく覚えてない・・・。
あつやはそれから、呼吸の乱れ、ケイレンを起こし、呼吸も停止してしまい、人工呼吸器をつけることに・・・。全部の反応がなくなった。酸素が脳に行かない時間があって、脳がダメージを受けたというのだ。産婦人科に入院中にそれを聞かされた私は目の前が真っ暗に・・・。へこんだお腹をみて、「もういちどこのお腹に戻して産み直したい!」と本気で思った。この状況を信じたくない自分もいた。「悪い夢なのかも?寝て起きたらまだおなかは大きいままなんじゃないか?」と何度も何度も考え、現実逃避をしていた。
私の退院後も、私はすぐにあつやのところに行けなかった。体調も悪く起きていられないというのもあったが、会うのが怖かったのだ。今思うと、なんて母だったんだろうと思う。子供が小さい体で一人頑張っていたっていうのに・・・・。自分の子がそんな状態になっているなんて認めたくなかった。もしかしたら病院の手違いで自分の赤ちゃんとよその赤ちゃんが取り違えられていて、うちの子は実は元気なんじゃないか・・・・・そんなことばかり考え、とにかく私の現実逃避はすごかった。現実から目をそむけることで自分を守っていたのかもしれない。しかし母親の私が、そんなことばかりしていられないことに気づく。数日後NICUに夫と行った。部屋の奥のほうの保育器に入っていて、管だらけのあつやがいた。はじめてわが子の手を触ることが出来た。・・・・ただただ涙が出た。 謝るしかできなかった。
搬送されてきた時点では、発熱があるということのみで連絡が来ていて、羊水感染が疑われていたのだが、エコーを撮ってみると頭蓋内出血が見られるとのことだった。CTも取りたいが、危険な状態なので動かせない。脳浮腫もある。
NICUの主治医の話では、出産前後の何らかの原因で出血が起こり、そのため体温調節が出来ず、発熱したのでは?とういことだった。壊れた脳細胞が消えていく段階で脳浮腫が起こるのだが、そのむくみが引いた時点でどのくらい脳細胞が生き残ってくれているかが問題だ、という。予断を許さない状態だと言われた・・・・。
しかしその後、自発呼吸が出てきて、呼吸器も取れ、CT検査などで、出血は吸収されたようで、なくなり、浮腫もとれてきたことがわかった。
私といえば、ただ母乳を出すことに全力を注いだ。「今はこれしかしてあげられない、これが今、私が一番やることなんだ!」と自分に言い聞かせて、マッサージも丹念に、食事もしっかりとってなるべく考えこまないようにして・・・。
9/24から、注入が始まり、母乳をあげられることがうれしくて張り切って絞りまくっていたが(量は少しだったけど)、でも、時々「なんでこんな事してるんだろう、なんで隣に赤ちゃんがいないんだろう」と涙が溢れだすことがあった。、多分母乳にも涙、入っちゃってた気がする。 あつや、ごめん。
10/3 保育器から出られた。初めての抱っこに感激。
10/6 初めて「ホエホエ」泣いてるのをきいた。
10/7 パパと沐浴、初体験。部屋の暖かさと緊張で、汗ダクになってしまう。難しい。目をキョロキョロさせたり、嫌がったりと反応も大分出てきた。
10/16 糖水5CCで口から飲む練習が始まる。むせずに飲めて、看護婦さんも泣いて喜んでくれた。
10/20 脳波。刺波が少し出ている、今後けいれんがでるかも?と言われる。
10/22 初めて口からミルクを飲む。
11/1〜 マーゲンチューブを入れずに経口のみになる。
11/5〜 少しずつ母乳を直にあげてみるが、ど〜してもだめ。哺乳ビンでないと飲んではくれなかった・・・。(泣)
あつやはもうこのころから、抱っこの虜&昼夜逆転で、看護婦さんにいつも抱っこされていたようだった。とくに婦長さんに可愛がってもらい、婦長さんは第二の母と呼ばれていた。(笑)リハビリも面会時間のときにリハの先生がきてくれて一緒に頑張った。
何度かCTを撮り、11/2の主治医の話では「脳浮腫が取れてきたあとで、脳全体が萎縮している。これは前回のCTと変わりないので、これ以上悪くはならないだろう。右の側頭葉にダメージのあとが見られ体の左に障害が出そうだ。どんな障害が出るかは今の時点では全くわからない。これからもリハビリを続けていくこと・・・・」ということだった。
この子は将来どんなふうになってしまうんだろう・・・・と、とても不安だった。でも、命が危ないと言われていたあつやが頑張って生きてくれていることだけでもラッキーなのだ。あつやはすごいと思った。この子は生きたいんだ。生きるために産まれてきたんだ。これからだって可能性は無限だ、と思った。
11/24、NICUを退院した。退院・・・もしかしてできないかも・・・と思っていたので感激でウルウルしてしまった母だった。