3.家での生活

 

NICUを退院して、私達は実家でしばらく過ごすことになった。退院できたことはものすごくうれしかったが、緊張も強く、一回のミルクに1時間もかかり、抱っこでないと大泣きするあつやに戸惑う私。初めての子育て、ただ夢中で面倒を見た。母と日勤、夜勤の2交代制にして、(^^;)なんとか睡眠をとった。一人で背負いこまなたっかそのおかげか、乳首を吸われない割にはまあまあ長く母乳が出ていたと思う。でも、しつこく吸わせていたら、ときどき義理で(笑)「チュッチュッ」と吸ってくれて、そのときは「母」になった実感がわいた。量はぎりぎりだったので、粉ミルクと混合。

12月中旬、首を横に「クイッ」と微かに振るようなしぐさが見られ、先生に話すと「ケイレンのようなので、薬をのみましょう」と、フェノバールを服用になった。これがまたとろっとしたシロップでゼロゼロしてしまい、飲ませるのに一苦労。ずっとこれを飲ませるのか〜・・・と思ったらちょっと気が重くなった。

あつやはいつも黒目が右を向いていた。追視もしない。写真を撮るのにも一苦労。このころから少し眼振がではじめる。耳はいいようだ。NICUでいつも音楽をかけていたからか、音楽をかけると おとなしくなったりもした。でも、大きな音や声には敏感過ぎて良く泣くので、神経をつかったものだ。

平成9年1月3日から何度か吐くようになり、そのうち毎回ドバーっと全部吐いてしまう。6日に病院に行くと風邪らしく、脱水症状が心配なので点滴の入院になってしまった・・・。ここの小児科は付き添い入院。他の子の感染が怖いとのことで、個室で3日間過ごし、なんとか早く退院できた。(ホッ) 

そして2月、びくっとするよな発作が出てくる。点頭てんかんのはじまりだった。寝起きや授乳中に多く、哺乳ビンが吹っ飛んでしまうほどの勢いで手が上がる。シリーズで繰り返され、そのたびに辛そうに泣く・・・見ているほうもとても辛かった。脳波を撮って見るとすごいギザギザの波。ひどくなっているらしいのが素人の私にもわかり、ショックだった。                      

3月9日の日記***AM6:00起きて泣いたのでミルク。お腹空いて泣いたのかな?午前中は2人でグーグー・・・。 PM3:00発作が出てしまった。こういうとき、見てることしか出来ないのがつらい。  

3月11日の日記***朝、ミルクをなかなか飲まず、1時間半もかかって、150cc。少しイヤになってしまった。母から電話で実家に行く。親戚の人も来て「あっちゃんがこうなってしまって、辛いだろうけど、あたりまえのことでもすごい喜びとして感じられてその辛さも忘れられるよ。家族の絆も夫婦の絆も強くなって、普通の子を育てるよりもすばらしいことがきっとある。」と励ましてくれた。ありがとう。本当に周りの人みんな、私達を励ましてくれて、ありがたい。でも、今更だけど、なんでこんなことになったんだろうか?みんなは私のせいじゃないって言ってくれるけど・・・でも、あつやを産んだのは私な訳で、ちゃんと産んであげられなかったってことは事実で、申し訳けない気持ちはずっとなくならないよ。だから、何としても少しでも元気に、普通に近づけるためにがんばりたい....。

あつやを昼間一人でみる自信もつき、実家からアパートに戻った。なんとか3人の生活が軌道に乗った頃、薬をリボトリール替えた。すると、その日から副作用でのどはゼロゼロ、眠りっきりで、ミルクも飲まない状態になってしまったのだ。なにをやってもウトウトして口も動かさず、いつも緊張してる体もグニャグニャ。これではだめだ!と3月15日に入院。すぐ帰れるかな?と思ったが、とんでもなかった・・・。