6.静岡の病院

 

H10.7/10、明け方に病院を出て、静岡のS病院に向かう。                
救急車をお願いして、私と主治医と看護婦さんが同乗した4時間のドライブだった。。まだ本調子でないあつやはゼロゼロが多く、吸引頻回だったが、途中で寝てくれたので、それから3人でZZZ・・・。(^^;  

S病院でのあつやの担当はやさしそうな女の先生だった。担当看護婦さんもかわいい子で、あつや好み? 寝不足でさっぱり働かない頭で、今までのことを一通り話した。部屋は個室。(感染に弱い・吸引が必要な為)それももともと2人部屋のところなので、結構広くて快適。(TV禁止なのが痛いが)  遠い土地に来て心細さはあったが、なんとかここで明るい光が見えそうな気がした。

あつやはしばらくゼロゼロが多くて咳き込んでは吐いていた。長旅の疲れもあるようだ。                                                                
7/13、脳波の検査、7/15、ビデオ脳波。(長時間ビデオを撮りながら脳波を測り、発作時の脳波はどうか?とか睡眠時、覚醒時、などすべての場合の脳波をみるもの)7/22、スペクト(脳血流検査)とMRI。

脳波ではやはり右前のところの波が強く出ている。 脳血流も、右のほうが悪い・・・・・。発作の1つと思われていた小さなピクつきは、脳波には出なかった。口を開けるような動作も発作とは違った。

毎週月曜日の院長回診(うちらの病棟は副院長だった)では、感染に気をつけるように。とそっちのほうばかり心配してくれた。(おいおい)まあ、今までの経緯からすればあたりまえか。ここはてんかん専門の病院だから、あつやがもし重症感染症にでもなったら、お手上げだ、と。(主治医もかなり恐れていたらしい) 隣接して大きなこども病院があるから、もしものときはそっちに行けるようになってはいた。病棟でも、見まわすとあつやが一番重症児だった。てんかんのみに関すれば別だが。                                                        


リハビリもお願いして、PTの先生が来てくれて部屋でやることになった。

お風呂は銭湯のような浴場で広い♪小児科といっても成人の人もいて、お風呂での発作は危険なのでナースがつく。母子入院の人は先に母が洗って、準備オッケーになると、脱衣所で待機している子供の服を脱がせてくれて渡してくれる。出るときも子供を預かって着させてくれる。そう、みんな仲良く裸の付き合い。(笑)あつやもココのお風呂ではダラ〜ンと大の字になって緊張もなく、気持ちよさそうにプカプカ浮いてたな。

7月***薬の調整としてまずはデパケンを増やして、リボトリールを徐々に減量して行った。  吐き気の原因になっていたピロミジンを中止。他では、今まで赤ちゃんの粉ミルクだったのを、栄養剤にかえた。(MA8というのを半分の濃度から始めた。)睡眠がめちゃくちゃなので、リズムをつけるためと親の体も考えて夜に睡眠導入剤をいれることに。緊張の強さには、効かないかもしれないが筋弛緩剤のダンドリウムを使用しましょうと。(実際2ヶ月使ったが効き目なしだった・・・)てんかん専門病院だが、今までの病院でやってくれなかったいろんなことを始めさせてくれて、それだけでもちょっと収穫かも?私も今まで知らないことがありすぎて、目からうろこ。                                                                          
8月***リボトリールを完全に中止。デパケン増量。 栄養剤のMA8がイマイチ合わなくて他のを試すが、余計に下痢が酷くなり、嘔吐も。ちょっと痩せてしまった・・・・。緊張ひどいため、ホリゾンを少量始める。8/10、夫が新幹線で来てくれた。あつやをちょと預けて2人で買い物したり、食事をして、気分転換。あつやはパパと久しぶり・・っていうか生まれてからあんまり一緒に住んでないので、パパの抱っこに慣れず・・・・。(^^;8/12、帰る。リハビリでは、うつ伏せの方が落ち着くことを発見。それから、布団におろすときはうつ伏せにすることにした。(今までは首枕をして気道確保のような格好ででないと息が詰まってしまっていた)反りかえりは反射的な時と自分の意思でするときと半々らしい。そういえば、すました顔でエビ反ってることあるし。(笑)自分で動ける唯一の方向だからか?8月は花火大会が近くで3回もあって、部屋からよ〜く見えて、夏気分を味わえた。でもPM9:00でクーラーが止まるのは勘弁して欲しかった。あつやも熱がこもってしまってた。

9月***この頃の発作の状態が一番良かった。(デパケンの血中濃度100前後。)夜になると緊張がすごかったが、それ以外はまあまあ。下痢もやっと止まる。(MA8で落ち着く)9/18、2歳のお誕生日。今年も病院で迎えた。(TT)このころからまた発作が増えてきた。9/21〜24、パパが来た。21日、二人で買い物行って帰ると、看護室に預けていたあつや、また前のように呼吸を止めていたと。(ガ〜〜〜ン!)看護室といっても仕切られてないオープンなスペースで、他のお母さんが黒くなってるあつやを発見してくれた。もしそのまま気づかれなかったら。。。。と思うとゾッとした。Kくんママ、ありがとう!次の日、3人で外泊。市内の旅館に泊まった。23日、海のほうに行ってきた。初めてあつやに海を見せることが出来て、うれしかった。私達も何年ぶりかに海を見て、感激!旅館でもあつやも落ち着いてくれていたので、ゆっくりすることが出来た。

10月***この年は残暑が続き、10月だというのに30度を超える日があって、あつやも体温上昇。10/2は病院の運動会だったが、この日は隣のこども病院に予約を入れていて主治医と一緒にてくてく歩いて行った。(A型ベビーカーを平らにして、そこにうつ伏せにあつやを乗せて。)耳鼻科でのどを診てもらおうということになっていた。あつやはちょっとの首の角度の違いで苦しくなったり、楽になったりする。以前挿管したあとからそれが目立つので、肉芽でもできてはいないかファイバースコープで診てもらったのだ。息を止めてしまう原因も何か分かるかも?あつやは爆睡中でぶっといヤツを鼻から入れられてもZzzz・・・。(さすがに途中で起きたが)その結果、気管の入り口が柔らかいというのが判った。普通気管の入り口は、まあるいままなのだが、あつやは吸気時に「ペコペコ」と潰れていた。喉頭軟化症は、赤ちゃんに多くて自然に治るのだそう。でも、2歳でこの状態だと、いつ治るか、それとも治らないか判らないということ。治療法はない。主治医と話し合ったのだが、あつやが息を止めてしまうのは、特定の緊張の時、気管が潰れて空気をうまく吸えなくなって、だんだん窒息状態になってしまうのではないか?と。

発作が増えてきているので、10/5からエクセグラン50mg/日を始めた。しかし、3日後の10/5から、凄い緊張。ちょっと吐き気もある。もうちょっと様子を見て出来れば80mgまで増やしたいと言われたがどうも機嫌悪くて泣き過ぎて咳き込んで吐く・・・の繰り返し。10/18、パパと兄家族が来てくれた。兄達は神奈川に住んでいたので、何度も来てくれた。隣の県とはいえ、高速で何時間もかけて来てくれてありがたかった。元気いっぱいの姪っ子たちを見てうれしくもなったし元気をもらった。この日から2泊でまたパパと3人で旅館に外泊。また、海を見に行ったりしたが、あつやはかなり不機嫌だった。。。エクセグランはあきらめ、10/20からテグレトール開始。始めのうち、眠気が多かったがその後は大丈夫だった。

11月***まわりで風邪が流行っているせいか、11/1、個室のあつやもとうとう高熱が出て、酷い痰。熱のための強い緊張のため吐いてしまうので一旦注入中止。白湯と点滴のみにする。幸い2日ほどで熱は下がり、2週間ほどで治った。

12月***テグレトールの相互作用で、デパケンの血中濃度が半分(50)に減ってきているので、デパケン増量(450mg/日)。あつやは秋ごろから点頭てんかんの特有の脳波ではなくなって、名前を付けるとすると「症候性全般てんかん」だと言われた。

今までの状態を見るとデパケン単剤で血中100ぐらいの時がいい状態だったので、テグレトールも徐々に減量することに。そして、12月、パパの腰痛悪化とお正月には帰りたいという理由から、地元に帰ることにした。ケースワーカーさんや先生とよく話し合った結果、元の病院ではなく、重度障害児を主に診る小児神経の先生の多いA病院に一旦入院して、そこから徐々に在宅に戻すことにした。それにあたって、吸引機を購入した。  

そして、12/10から2泊で地元に私だけ帰り、A病院で話し合いをしてきた。その間のあつやが心配でならなかったが、看護婦さん達もいつも抱っこしてくれていて少し慣れてきていたし、よほどの緊張のときはホリゾンを頓服で使用することを承諾し、泣きながら(笑)新幹線に乗った私だった。

13日、午後戻るとあつやはおとなしくうつ伏せに寝かされていた。声をかけると、途端に泣いて反りだした。みんなで「やっと甘えられると思ってるんだよ」と笑ったが、そんなあつやがとても愛しかった。(私が出かけた夜、一度薬を盛られたそうだ。)12/17、退院の前日、病棟のクリスマス会があった。お母さん達は「ジングルベル」や「おもちゃのチャチャチャ」などをを振り付きで踊った。(特訓の成果は??)最後にとってもいい思い出が出来た。

12/18、5ヶ月の静岡生活を終え、兄の運転で私達は地元に戻った。看護婦さんやとても親切にしてくれたお母さん達とも涙の別れ。皆さん全国いろいろなところから来ているので、もう会うことは難しいだろう。私の食事を部屋に運んでくれたりいろいろ助けていただいたwさんの息子さんは私と同じくらいの年だったが、最後にあつやと握手をしてくれたとき、とってもいい笑顔をみせてくれた。皆さんお世話になりました。感傷にひたっていたら、車酔いして、ゲロゲロのあつママ・・・・。